血液情報広場・つばさ 理事・監事ご紹介

 
骨髄異形成症候群・MDSを有名な病名に
「あなたがMDSでも孤独じゃない」、と伝えたい!つばさの理事として、’MDS担当‘のつもりでがんばります
◆私の新着情報
・2016年9月17日「日本骨髄バンク全国大会=つばさ共催」で、メッセージトークしました。
・2017年1月28日・29日、(社)CHAAO主催のFFJCP2017に参加します。また3月4日に松江市で開催される「日本造血細胞移植学会・市民公開講座」で発言します。
後藤千英さん
後藤 千英
1994年 骨髄異形成症候群と診断
20代いっぱい経過観察。
2009年から体調不良となる
2012年骨髄バンクより骨髄移植
2013年〜とても元気に社会人してます!
 文字通り「ある日突然に」血液がん・骨髄異形成症候群を宣告されました。昨日まで全く気付かず、楽しく過ごしていた日々を襲った‘現実’です。17才でした。何か不摂生したわけでもないし、遺伝でもない。「なんて理不尽なんだろう?なんで私なの?」どれだけ考えても答えのない疑問でした。

 それからネットや本で調べるだけ調べて、書かれている現実に呆然とします。宝くじにあたるような確率の病気!そして医師から告知・詳細説明を受けて…、涙した日がたくさんありました。カラダがきつくて、もういいや、と諦めたくなった日もありました。でもそれがいつの間にか「ぐずぐず悩んでいても仕方ない!」と思える日が来ました。そこから、本当の「闘病」になったのかもしれません。

 【今日も笑っていられること】に「幸せ」を感じられるようになったのは、病気になってから。病気に感謝すべき?いやいや、散々しんどかったので感謝はできないけど、【しっかり前向きに生きよう】というたいせつなアドバイスをもらった気がしています。

 同じような経験をしている仲間が全国にたくさんいるはずです。不安も大勢でシェアすることで、小さくなるかもしれません。私もその仲間の1人として、つばさのリアルタイムな情報を伝え、想いを分け合って行きたいです。よろしくお願いします。
「小児がん経験のある成人」として、晩期合併症のことを‘元気に’伝えたい
小児がんの治療が終わってから長く続いてきた不調・晩期合併症を克服した今、同じような経験をしている人に「この克服経験」を心から伝えたい。
◆私の新着情報
・2016年12月11日、宮崎マラソンに参加しました。
・2017年3月4日に松江市で開催される「日本造血細胞移植学会・市民公開講座」で発言します。
宮城 順さん
宮城 順
7才 慢性骨髄性白血病を診断
9才 兄から骨髄移植
33才 初のテストステロン投与
34才で声変わり、心身が安定したことを実感
 つばさのひろばに訪れた方へ、「はじめまして」。小児がんを経験した宮城順です。7才でCMLを発症し、9才の時に兄からの骨髄移植で寛解に。幸運にも再発はなく今に至っています。しかし「元気」とは言え治療の後遺症・合併症で、なかなか社会に適応できずにかなり辛い思いをしてきました。

 その心身の辛さの理由の1つがホルモン不足かもしれない、という事に、仲間との交流や関係医療からのアドバイスで治療に辿り着きました。それから徐々に体力がついて気持ちにも余裕ができ、生活のすべてを自分でこなせるようになりました。そんなわけで30半ばにしてやっと実家を離れて暮らし始め、親を安心させることができました。今のようになれたのは、自分の状態をよく知り、向き合ったことと、多くの仲間との沢山の情報交換があったからだと思います。小児がんも血液疾患も、「病気が治ったら治療(医療との関わり)は終り」ではなく、「社会に適応できるようになるまでが治療」だと実感しました。

 これからは自分の経験を、つばさの情報発信や、日本各地での情報提供の機会に参加して、今も同じように辛い思いをしている人や関係の医療者に向けて発信していきます。どうぞよろしくお願いいたします!
多発性骨髄腫と東日本大震災経験から…
—生きることは歌うこと—
つばさ支援基金を育てたい −私は教師として、つばさ支援基金の‘両親どちらかが癌で長期闘病中の子の進学支援’に関心を持ってつばさの活動に参加します。
◆私の新着情報
・2017年春、つばさと次のチャリティーリサイタルを企画します。
矢萩淳さん
矢萩 淳
いわき市小名浜出身
国立音楽大学声楽科を卒業
卒業後は福島県立平工業高校で教鞭をとる
上海日本人学校在任中に『多発性骨髄腫』診断
最初の自家移植後の療養中、東日本大震災を経験
 多発性骨髄腫という病名を宣告されたのは、2009年、上海日本人学校在任中でした。最初の自家移植後に実家の福島県いわき市小名浜で療養中、東日本大震災で被災しました。

 多発性骨髄腫と大震災を経験して、同じように病に向き合う仲間や、自然災害に立向かう人々と想いを共有するために「今、自分にできることは歌うことだ」、そして私が「歌うことは、私が生きることだ」と強く思いました。

 あれから続けてきた年に2回のチャリティリサイタルを、これからも精力的に開催しています。  
そのほかの理事
橋本 明子 理事長
1986年に長男が白血病に罹患したことから骨髄バンク設立運動を開始しました。1991年、骨髄バンク(骨髄移植推進財団)発足を見て、1992年より血液がんと小児がん患者・家族への情報提供活動を開始し、1993年に現在の血液情報広場・つばさの前身団体を発足し、今に至ります。
 
井上 富美子
認定NPO法人ミルフィーユ小児がんフロンティアーズ 理事長
1980年に次男が神経芽腫に罹患した経験から、千葉県内での小児がん患者家族支援を継続してます。つばさとは20年来の友誼関係。内科・小児科領域の実践家相互の情報交換のたいせつさを実感してます。
 
下田 智子
明石市在住。1990年に長男が急性リンパ性白血病に罹患したことから、つばさの学習フォーラムに参加するようになりました。学びの場を提供されて本当に助かった、その想いを、いま情報を求めている人々に差し上げたくて、毎年の大阪フォーラムを中心にお手伝いを続けています。
 
吉村 美恵子
慢性骨髄性白血病をイマチニブ等で寛解16年目です。元気に勤め人しつつ、つばさのフォーラム準備などの手伝いに参加してます。
 
監事
高麗 信子
1998年からイマチニブを輸入して使い始めました。それからずっと、断薬の試みもしつつ、寛解を維持しています。つばさの情報提供活動はとてもたいせつだと思いますので、監事として支えて行きます。
 
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